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2014年3月12日

薬丸 岳「刑事のまなざし」

刑事のまなざし (講談社文庫)刑事のまなざし (講談社文庫)
薬丸 岳

講談社 2012-06-15
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★殺人事件を解決するミステリーでありながら、人の温かさや可能性も感じられる作品★

 椎名桔平が主演しているドラマの原作。
 なんとなくドラマは見損なってしまったので、本の方を手に取ってみる。
 ドラマの番宣で、椎名桔平が演じているのが、30代後半なのにまだ新人の刑事で、変わった経歴の持ち主だということまでは知っていたけれど、本を読むと、その刑事(夏目)の人となりや生き方が全編を通して、非常に活かされているのが分かる。

 本は7つの短編で構成されている。てっきり夏目の視点で書かれているのだと思っていたが、どの短編も夏目以外の人物の視点で描かれている。それがまた、夏目自体を効果的に描写するのにも役立っていて、非常にうまい構成だと感じた。

 刑事が出てくる小説だから、基本的には1編で1つの殺人事件が起こる。殺人ともなれば、やはり憎しみやマイナスの感情が関わってくるもので、当然この7作にも誰かしらの憎しみや、怒りの感情が表れる。でも、夏目の目を通し、解決されていくそれぞれの事件には、憎しみ以外の、慈しみとか愛情とか、もっと温かい人間の感情も存在していて、救われる。
 人の死なないほのぼのミステリーを書くのも難しいと思うけれど、殺人事件というものをしっかり扱いながら、どこかに人を信じたくなる温かい要素を取り入れた作品を書くのは、もっと難しいだろう。
 そういう意味で、作者の薬丸さんは力のある作家だなと思った。いくつか長編でも有名なものがあるようなので、今度は長編も読んでみたいと思う。

藤野 恵美「ハルさん」

ハルさん (創元推理文庫)ハルさん (創元推理文庫)
藤野 恵美

東京創元社 2013-03-21
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★娘の成長を見守る父親のほのぼのミステリー★

 こちらは、決して殺人事件などは起こらない、ほのぼのミステリー。
 娘が小さいうちに妻が亡くなり、ほぼ男で一つで娘を育てた人形作家が主人公。その主人公(ハルさん)が、娘の結婚式に向かう途中で、幼稚園時代・小学校時代・中学校時代・高校時代・大学時代、それぞれの娘との思い出を振り返る形の連作短編集。

 それぞれで起こる事件は、幼稚園時代なら「同じ幼稚園の園児の卵焼きがお昼寝の時間に無くなった」など、本当にささやかなもの。でも、作者は児童文学出身者でありながら、自身は本格ミステリーの大ファンというだけあり、細かい伏線がたくさん仕掛けられていて、それがしっかり最後に回収される心地よさがある作品。
 5つの事件とも全部、人の悪意ではなく、善意が空回りして"事件"になってしまったようなもので、解決すると、"あぁ、そうだったんだね。良かった"という気持ちになる。ほっこりした気分になりたいとき、安心して読める作品だと思う。
 主人公の娘が、1編ごとに成長していく姿も微笑ましい。5つの事件を読んだあと、結婚式のシーンにつながるので、今まで育ててきた娘が巣立っていく結婚式のラストシーンも、ハルさんの気持ちに共感できる。
 いわゆる「ミステリー」ではないけれど、時々はこういう趣向のミステリーも楽しいなと思える作品だった。

2014年2月 1日

百田尚樹「永遠の0」

永遠の0 (講談社文庫)永遠の0 (講談社文庫)
百田 尚樹

講談社 2009-07-15
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★ベストセラーには訳がある★

 10日ほど前に本を読み終え、今日、映画を見てきました。
 どちらも、それぞれ良かった!
 原作も映画も両方いいというのは、なかなかないけれど、「永遠の0」の場合は、どちらもそれぞれの持ち味をしっかり生かし切れていた感じ。

◆まず本の方は......
 文庫本は600ページ近くあり、それなりに読むのにエネルギーと時間が必要。ただその分、非常に戦争の状況が綿密に書かれてあり、作品にどっしりとした世界観を与えている。
 この話は、主人公の「特攻で亡くなった祖父」=宮部久蔵のことを探るべく、多くの「戦友」に話を聞きに行くという形で構成されている。本のほうは、10人のインタビューの形になっていて、始めのほうは一つ一つの話がそれぞれに完結しているような印象になっている。ただ、様々な角度から語られる宮部久蔵の話を聞くうち、読者のなかにも宮部久蔵という人物が、非常に立体的な姿で見えてくる。それぞれの人のインタビューに心を打たれる場面があり、次第に宮部久蔵という人物の人柄に引力を感じられるようになっている。読者はそうやって、本の世界に引き込まれていく。
 そしてラスト。バラバラの断片に見えたいくつかのインタビューの内容が、思わぬところでつながっていることに気づかされる。主人公も読者も。そして、まさかの結末。涙止まらず!

◆それを踏まえて映画は......
 かなり原作の内容に忠実に作られている印象。600ページ弱の長い原作から、うまく本当に大事な部分を過不足なく抜き出して作られているように感じ、好感が持てた。
 また適宜CGなども使い、戦争の場面が迫力ある映像になっていたし、小説では出てこなかった地図などを所々で見せることにより、戦争の内容がより身近に感じられる部分もあった。必要でない人物を削り、その人の意味あるセリフだけを他の登場人物にうまく振り分けているのにも、構成力を感じる。
 本のほうはあくまで生きている間に出会った人々の言葉の中でだけで生きていた宮部久蔵が、映画では岡田准一という俳優の演技で具体化されている。岡田くんの演技も秀逸で、まるで違和感なく受け入れられた。
 そういう意味で、映画だけでも充分「永遠の0」の魅力は感じられる。ただやはり、あの分厚い本を読んでいると、それぞれのシーンや人の言葉の奥にもっと厚みや重みを感じられ、より楽しめるようにも思った。
 だから個人的には、本→映画の順番で良かったかな、と思う。映画でラストを知ってしまったあとに、あの長編を読むのは、ちょっとモチベーションが維持できないかも(私は)。


「永遠の0」について調べていたら、同じく「ゼロ戦」を題材にして映画を作った宮崎駿監督が「永遠の0」を酷評したとか、そんな記事も出てきた。やはりリアルに戦争を経験している世代と、そうでない世代では、どうやっても戦争というものに対する思考の溝は埋まらないのかもしれない。
 でも、映画の最後にも「戦争を知っている世代はあと10年もしたらほとんど死んでしまう」という言葉が出てきたけれど、今、改めて過去の戦争に目を向けること、実際に戦争を体験しているわけではない世代の人間でも、ひるまずに戦争に向き合って作品を作ることには意味があるように思った。
 私は個人的には、百田さんが安倍首相の靖国参拝に対して、良くやったくらいの意見表明をしていたことにちょっと違和感は覚えたけれど、「永遠の0」に込めた百田さんの想いはすっと受け止められた気がする。

 600ページの小説を読むのは......という人は、是非、公開中に映画を見てください! お薦め。(戦闘シーンの迫力などは、やはり映画館で味わってこそだと思うので)

2013年12月 7日

映画「そして父になる」

 是枝監督の作品は結構好きで、タイミングが合えば見に行くのだけれど、この作品は是枝監督のテイストとテーマが上手く合致した、特にいい作品だったと思う。

 ストーリーは簡単に説明すると......
 福山雅治演じる父親(仕事ができ、一流企業でバリバリ働く"成功者"。高層マンションの上階に住み、レクサスに乗っているという典型的な男性)の6歳になる息子が、実は病院で取り違えられたまったくの"他人"であったと、ある日唐突に病院から知らされる。
 実の息子の方を育てていた家族と会うと、向こうは、リリー・フランキー演じる父親と母親、3人の子供という賑やかな一家だった。父親は小さな電気屋を営んでいて、仕事をしながらも子供とも遊び、5人でわいわい過ごしているような家庭。
 それぞれの父親・母親は、お互いの本当の子供を家に交換で泊めさせてみたり、一緒に遊ばせたりしたあと、血のつながった"本当の子供"をそれぞれ自分の子供として今後は育てていくという決意をする。でも......。
 という感じの内容。

 現実にも先日、60歳の男性が実は自分は病院で取り違えられていたと判り、裁判を起こしたというニュースがあったけれど、本当に難しい話......。
 映画を見ているときには、個人的には「血」よりも6年間という「時間」のほうがずっと重いはずだと思ったけれど、実際には、「血」の影響というのは、思う以上に強いのだろうか(実際裁判になった例では、訴えを起こした男性の血のつながった本当の弟3人(別のところで育てられた面識のない3人)が、一緒に育ってきた兄に対して違和感を抱き続け、DNA鑑定をして血のつながりがないことが発覚した、というから)。

 ただこの映画が良かったのは、取り違い事件が実は物語の中心ではないところだと思う。
 是枝さんが書きたかったのは、タイトル通り、福山雅治演じる父親が、その事件をきっかけに本当に「父になる」ところ。
 一見いい加減に見えるリリーさん演じる向こうの家の父親が、福山雅治演じる父親に、「結局は(一緒に過ごした)時間だよ」「父親業というのも、他の人には代れない重要な仕事だと思うけどね」など、さらりと伝える言葉が、良かった。
 ラストも心にぐっと来て、感動できる。
 そろそろ公開が終わる頃かもしれないけれど......、機会があればぜひ!

2013年11月25日

重松清「その日のまえに」

その日のまえに (文春文庫)その日のまえに (文春文庫)
重松 清

文藝春秋 2008-09-03
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★直球のストーリーでこそ、筆力が試される★

 重松さんの作品は、ときどき、ふっと読みたくなり、手に取る。
 この本は以前から気になっていたものの、なかなか実際に手に取るチャンスがなかったもの。

 7つの短編小説から構成された1冊の本だが、最後の3作は「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」という一連なりの作品になっている。この本のタイトルが「その日のまえに」でもあるし、この最後の3作が、本全体の中心になっている。

「その日」というのは、余命宣告された妻の亡くなる日のこと。
「その日のまえに」では、少しずつ体力が落ちてはいるものの、どうにか外出許可が下りた妻と一緒に、結婚してすぐに暮らしたアパートやその周辺を歩く物語。
 今は成功している主人公が、まだ売れず、貧しかった頃の思い出を、「でもやっぱりこの頃が幸せだった」と思いながら巡る、切ない話。

 そして「その日」に妻は亡くなり、「その日のあとで」主人公は少しずつ亡くなった妻との新たな関係を築き直していく。

 目次を見たら、「その日のまえに」を読んでいるときから、妻は決して奇跡的に回復したりはしないということが分かるし、物語は当然、妻の死に向かって進んでいく。ストーリーに何の衒いもなく、非常にストレート。
 それでも、予想される方向に向かって、しっかり、丁寧に描かれていくこの世界の確かさ。シンプルな設定だけに、本当に筆力のある人にしか書けない物語だなと感じる。ぐっと静かに心をつかまれる、良い話だった。

 最後の3作以外は、基本的には独立した短編。でも残り4編のうち3編は病や死がテーマになっている。テーマは重たいのだけれど、それぞれにしっかりと広がる世界みたいなものがあって、心地よくも感じられる作品たちだった。
 なんというか、本当に上手い人って、背景とか小道具の使い方が違う。最初の作品のタイトルは「ひこうき雲」なのだけれど、この作品から「ひこうき」と「ひこうき雲」を取り外したら、もっと閉塞感のある、閉じた物語になるだろう。
 死という重たいテーマ、過去の自分や閉ざされた自分の未来をじっと見つめる主人公だけを描いていたら、きっとどの作品も、もっと救いがないものになっているはず。
 そういう閉じた世界から、読者の視野を広げさせる、「ひこうき雲」とか、「海」とか、「ストリートミュージシャン」とか......やっぱり、さすが重松さん、と思う。

2013年10月 2日

近藤 史恵「サクリファイス」

サクリファイス (新潮文庫)サクリファイス (新潮文庫)
近藤 史恵

新潮社 2010-01-28
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★サクリファイス(犠牲・生贄)の意味が最後、効いてくる★

自転車競技(ロードレース)の世界を舞台に描かれた近藤さんの代表作。
近藤さんの作品は、以前、他の作家とのオムニバス短編集で読んだことしかなかったが、それだけで「近藤さんはこういうものを書く人」と、分かったつもりでいた。
でも今回、知り合いに薦められて、この作品を読んでみて良かった。
やっぱり作家を知るには、代表作を読む必要があるな、と切に感じた。

この作品は、本当に、設定から、アイディアから、構成から、非常にしっかりとしていて、読み終えたあと、「うわ、やられた」という感じだった。
文庫の背表紙いわく「青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた」作品らしいが、スポーツの世界のもつ爽やかさと、サスペンス小説の持つ人間描写の深さや"してやられた"感がしっかり味わえる秀作!

この小説はある一人の人物がキーになっているのだけれど、「こんな人、いないんじゃない」と「もしかしたらいるかも」のきわどい線で、その人がしっかり描かれているのがいい。
「事実は小説より奇なり」と言うけれど、小説もやっぱり「当たり前」ばかり書いていてはつまらない。でも、そうはいっても、「あり得ないよ」と読者に思わせてはいけない。その突飛さと、納得感のバランスって大事だな。

あとこの小説の一番すぐれているところは、ロードレースという一般にはあまり知られていないけれど、特殊なルールによって築かれた世界が舞台になっていることだろう。
決して名前は残らないけれど、チームのために、チームのエースを優勝させるためにだけ必死に戦う「アシスト」という立場の選手がいる。
そのチームの勝利、エースの勝利のためにある種、自らを「犠牲」にする人間の存在がある競技だからこそ、このストーリーは成り立っている。

ラストはちょっと衝撃的だけれど、素直な心を持った人なら、純粋に感動できるストーリーだと思う。
文庫で300ページ弱と読みやすい長さだし、次に読む本に迷ったら手に取って欲しい。

2013年9月 2日

百田 尚樹「海賊とよばれた男」

海賊とよばれた男 上海賊とよばれた男 上
百田 尚樹

講談社 2012-07-12
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★経営者の鏡!★

本屋大賞を受賞した百田さんの「海賊とよばれた男」読了。
非常に良かった!

この本は、国岡鐵造という人の物語なのだけれど、国岡鐵造のモデルは、出光興業の創始者・出光佐三。
主人公の名前と会社名は違っても、かなり史実に忠実に描かれているということで、戦前から戦後にかけての日本の様子、当時の石油をめぐる状況が分かり、勉強にもなる。

でも、それよりなにより、この本から伝わってくるのは、「出光佐三」のすごさ。
先見の明があり、石炭の時代から、石油に目を付けたところもすごいが、一番のすごさは「確固たる理念を持った、ぶれない経営」に尽きる。

戦後、石油が売れなくなるという、石油会社にとっては恐ろしく大変な時期であっても、「誰一人、クビにはしない」と決め、雇用を守る。
また、「誰のためのビジネスなのか」から、決して揺らがない。
自分たちが石油を売るのは、消費者ができるだけ安く石油を買えるようにするため、という理念を貫き、石油が不足してきたからと言って、決して値上げすることなく、安い値段を維持し続ける。
たとえ自分の会社の利益にならなくても、日本という国のためになればと、他の会社がどこも引き受けなかった過酷な仕事も請け負う。
そして、自分たちは従業員という「家族」のために働いているのだと、株式は公開せず、また力のある外資にも屈しない。

そのぶれなさと、しっかりした理念は、優れた従業員も育てていく。

ただそのために、他の石油会社からは恐れられ、煙たがられ、色々な嫌がらせにも合う。
国岡鐵造は、生涯、様々な団体や企業の圧力と戦い続けた。
でも、そんな国岡鐵造の経営方針と生きざまに打たれ、資金を提供する人、常識はずれの額の融資を決める銀行もある。

そんな、ビジネスの話でありながらも、最終的には人と人の心のふれあいの話になっている構成はさすがだ。

かなり難しく、固い設定でありながら、ひっかかることなく、すらすら読めてしまうのは、百田さんの筆力だろう。
国岡鐵造と、その周りにいる人たちの男らしさに、涙腺も刺激される傑作だった。

戦前・戦後を「古き良き時代」みたいには言いたくない。
この時代にも、日本にいたのは、国岡鐵造よりも国岡鐵造のような「出る杭」を叩く輩がほとんどだったわけだ。
逆に言えば、今の時代にだって、国岡鐵造(=出光佐三)は生まれ得る。

ぜひ、多くの経営者に読んでもらいたいと感じる本だった。

2013年8月18日

伊坂幸太郎「ガソリン生活」

ガソリン生活ガソリン生活
伊坂 幸太郎

朝日新聞出版 2013-03-07
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★伊坂さんの思考、柔軟すぎ!!★

 最近ちょっと伊坂さんの新作を追えていなかったのだけれど、「『ガソリン生活』はおもしろいよ」という話を聞いていたので、久しぶりに手に取る。

「燃料を燃やし、ピストンを上下させ、車輪を回転させて走行する、あの躍動感こそが生きている実感であるから、路上を走るのはもちろん痛快な時間だ。
 その一方で、エンジンが停止し、電子機器が止まった駐車状態も嫌いではない。
 隣にほかの車がいれば会話を交わし、社会事情について情報交換ができるし、もし自分一人きりであったとしても、静かに回りを眺め、思いを巡らせることができる」

『ガソリン生活』の冒頭は、こう始まる。

 一文目から「銀行強盗に遭うなんて思いもしなかった」とか「モデルガンを握って、書店を見張っていた」とか、そんな「うん?!」という出だしから始まる、伊坂さんの他の作品と比べて、ずいぶん平和で、普通っぽい書き出しだなぁ、と思う。

 が、その思いは、次の文章で、「???」に変わる。

「次にいつエンジンをかけてもらえるのか、その時のことを夢想し、」

 エンジンをかけてもらえる?
 も、もしや......この本の主人公って、車なのか???

 そして二行後、「人や動物と、僕たち自動車の共通点や差異について、思いを巡らせる」。
 おぉ、やっぱり、車なんだぁ......。


 ということで、この小説の主人公は、望月家という大学生の男の子、高校生の女の子、小学生の男の子とその母親の四人家族の所有する車だった。
 緑のデミオ。

 この小説の設定では、車は車同士、そして電車とは話せるし、自分のなかや周りで交わされている人間の会話は理解できるが、人間と直接話すことはできない。
 そんな設定で、400ページを超える小説がどうして書けるんだ、と思うけれど、まるで違和感なく、読めてしまう。

 緑デミオにも、隣人の車、古いカローラの「ザッパ」(持ち主の校長先生が、フランク・ザッパの大ファンで、ザッパの自伝に書かれている名言が口癖のため、車にもそれがうつっている)にも、次第に愛着が湧いてくる。

 そして本当に街中の車にも、感情と思考があるのではないかと思えてくる(笑)
 特に、ほとんど地下の駐車場に眠らされてばかりで、ほとんど洗ってももらえない、うちの車はかわいそうだ......とも......。反省。

 また、デミオや周りの車が「人間というのは......」と哲学的に語る部分も結構あるのだけれど、人間に語られたら鬱陶しく感じられそうなことでも、なぜか車が話していると、変に受け入れられたりして。
 それもおもしろい。


 全体的なストーリーは、伊坂さんらしい、色々な伏線とその綺麗な回収によるミステリーになっている。
 緑のデミオという、本当に偏った一つの視点だけで、よくここまで多面的にストーリーが語れるな、と思えるほど、視点が限定されている窮屈さを感じさせず、流れをしっかり読ませる作品だった。

 うーん、やっぱり伊坂さん、すごい!
 その一言に尽きる作品だった。

 色々事件は起こるけれど、基本的にはハートウォーミングな内容なので、心が疲れているときなどに、ちょっとした気分転換としてもいいかもしれない。
 お薦め♪

2013年7月21日

平野啓一郎「空白を満たしなさい」

空白を満たしなさい空白を満たしなさい
平野 啓一郎

講談社 2012-11-27
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★作者の主張と、ストーリーや人物設計のバランスの良さ★

 平野啓一郎さんの名前は、デビュー当時から知っていたけれど、デビュー作「日蝕」の冒頭だけ読んで難解さを感じ、そのまま敬遠していた。
 なので、真面目に読むのは初めてだった。

 この小説は、主人公が「3年前に死んだ男性」。
 草なぎくんが主演した映画「黄泉がえり」ではないけれど、死者が次々生き返る奇妙な現象が起こり、主人公も生き返ってきた。

 死因は会社の屋上からの転落死。
 生き返ると、自分の死は「自殺」だということになっているけれど、主人公はそれを受け入れられず、自分は殺されたはずだと、会社の警備員に疑いをかけ、真相に迫る。

 前半は、その「真相追及」が主軸になり、サスペンス的に進んでいく。
 ただ同時に、主人公と妻、亡くなった当時は1歳だった息子との関係もじっくり描かれていく。
 夫が自殺したのは自分のせいだと3年間、思いつめていた妻が、主人公に語る言葉は重い。

 後半は、生き返ってから出会った人との関係によって、主人公が自分の考え方を少しずつ変えていく様が、丁寧に描かれている。
 前半のサスペンス的な色合いはなくなり、哲学的な内容になっていく。

 特に平野さんが、この本だけではなく、自分の書く文章を通して一番伝えたいことは、「分人」という考え方らしい。
 多重人格という否定的な意味ではなくて、人は複数の性格というかペルソナを持っている。それは、接する相手によって変わる。
 妻にだけ見せる「分人」、子供と接するときだけ現れる「分人」、同僚と会話しているときに現れる「分人」、旧友に対してだけ見せる「分人」......などなど。

 その「分人」という考え方ができるようになると、自殺者は減るはずだと、登場人物の一人は語る。
 たとえば職場で上手くいっていなくても、妻との関係はよく、その「分人」は自分で愛せるのなら、それを足掛かりにして、自分全体を築いていけばいい、と。

 途中、蘇った人だけが集まる会のシーンや、日本人を助けて亡くなった外国人との会話などを通して、「死」や「人間」というものに対する色々な議論が交わされていく。

 そういう意味では、結構「主張」の色合いの濃い作品なのだけれど、うまく作者の主張とストーリー、人物の設計がかみ合っているからだろうか、すんなりメッセージを受け取ることができた気がする。

 読み終わった後もしばらく、不思議な余韻が残る作品だった。
 「決壊」や「ドーン」も是非、今度、読んでみたい。

2013年7月20日

朝井 リョウ「何者」

何者何者
朝井 リョウ

新潮社 2012-11-30
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★現役世代が語る就活のリアル★

 半年前の直木賞受賞作を読んだ。
 作者の浅井リョウさんは、小説すばる新人賞でデビューしたとき、まだ現役の大学生だった。その後、就活をしながらも、精力的に小説を発表し続け、去年(2012年)の秋にこの本を書き下ろして、出版している。確か浅井さんは去年の4月から「新社会人」をしているはずなので、自分の就活の経験を元にして、内定をとったあとにすぐ、書き始めたものなのではないか、と思われる。

 今の学生の就活は「全身就活」だ、とか言われるし、新聞などの情報を見ているだけでも大変そうだなぁと思うのだけれど、小説になると、さらにリアルにつらさが伝わってきた。
 そのつらさは、15年前に就活をした自分の経験とは、異なるところも多いけれど、共通する部分もあって、共感できてしまう。

 この小説の登場人物は主に7人。
・過去に演劇をやっていたが、今はやめて就活に専念する主人公・拓人
・主人公と同居する、元バンドマンの光太郎(単純明快な明るい人物)
・主人公たちの上の階に住む同じ大学の理香(ESの添削を受けたり、OB訪問を積極的にこなしたり、精力的に就活している)
・理香の友だちでもあり、光太郎の元彼女でもある瑞月
・理香と同棲しているインテリ派の男・隆良
・拓人と同じ劇団にいたが、今は一人で新しい劇団を立ち上げ、毎月公演を行っているギンジ
・拓人とギンジと同じ劇団にいたタク先輩

 このうち、はじめの4人が真剣に就活をしているメンバー。それに対し、隆良は、「就活なんて個性のないやつがすること」と斜に構えた態度をとり、ギンジも早々に普通に就職をするという道を切り捨て、劇団の活動に専念する。タク先輩は、理系の院生なので、6人とはまた違ったスタンスに立つ。

 この人物の設定がうまい。
 色々なスタンスから「就活」とか「将来」というものに向き合う姿勢や、価値観の違いやぶれみたいなものを丁寧に書き出すことで、この小説はうまく成り立っている。

 そしてもうひとつ、この小説が成功しているのは、SNSやネットの使い方のうまさ。
 メールのやり取りやtwitterを小説に取り入れている人は他にもいるけれど、浅井さんはやはりSNSが体の一部になっている世代なのだろう。「時代を映すために使ってみました」というのではなく、小説の重要な要素として、twitterのツイートが非常に有効に使われている。
 実際に生身で会って交わしている会話の裏で、常にSNSの違う文脈が流れているという、現代のリアル(飲み会のあと、友人が自分と一緒にいたはずの時間にその飲み会についてツイートしていることに気付いたときの違和感......)。
 実際には長く顔を合わせていない相手でも、その人のしていることを事細かに知ることができてしまう、ネット時代のリアル。

 小説を楽しむという意味でもお薦めの本だけれど、「最近の若者」とか「最近の就活」の実態を知りたい人にも、良い本だと思う。

 

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