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2014年3月12日

薬丸 岳「刑事のまなざし」

刑事のまなざし (講談社文庫)刑事のまなざし (講談社文庫)
薬丸 岳

講談社 2012-06-15
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★殺人事件を解決するミステリーでありながら、人の温かさや可能性も感じられる作品★

 椎名桔平が主演しているドラマの原作。
 なんとなくドラマは見損なってしまったので、本の方を手に取ってみる。
 ドラマの番宣で、椎名桔平が演じているのが、30代後半なのにまだ新人の刑事で、変わった経歴の持ち主だということまでは知っていたけれど、本を読むと、その刑事(夏目)の人となりや生き方が全編を通して、非常に活かされているのが分かる。

 本は7つの短編で構成されている。てっきり夏目の視点で書かれているのだと思っていたが、どの短編も夏目以外の人物の視点で描かれている。それがまた、夏目自体を効果的に描写するのにも役立っていて、非常にうまい構成だと感じた。

 刑事が出てくる小説だから、基本的には1編で1つの殺人事件が起こる。殺人ともなれば、やはり憎しみやマイナスの感情が関わってくるもので、当然この7作にも誰かしらの憎しみや、怒りの感情が表れる。でも、夏目の目を通し、解決されていくそれぞれの事件には、憎しみ以外の、慈しみとか愛情とか、もっと温かい人間の感情も存在していて、救われる。
 人の死なないほのぼのミステリーを書くのも難しいと思うけれど、殺人事件というものをしっかり扱いながら、どこかに人を信じたくなる温かい要素を取り入れた作品を書くのは、もっと難しいだろう。
 そういう意味で、作者の薬丸さんは力のある作家だなと思った。いくつか長編でも有名なものがあるようなので、今度は長編も読んでみたいと思う。

2014年2月 1日

百田尚樹「永遠の0」

永遠の0 (講談社文庫)永遠の0 (講談社文庫)
百田 尚樹

講談社 2009-07-15
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★ベストセラーには訳がある★

 10日ほど前に本を読み終え、今日、映画を見てきました。
 どちらも、それぞれ良かった!
 原作も映画も両方いいというのは、なかなかないけれど、「永遠の0」の場合は、どちらもそれぞれの持ち味をしっかり生かし切れていた感じ。

◆まず本の方は......
 文庫本は600ページ近くあり、それなりに読むのにエネルギーと時間が必要。ただその分、非常に戦争の状況が綿密に書かれてあり、作品にどっしりとした世界観を与えている。
 この話は、主人公の「特攻で亡くなった祖父」=宮部久蔵のことを探るべく、多くの「戦友」に話を聞きに行くという形で構成されている。本のほうは、10人のインタビューの形になっていて、始めのほうは一つ一つの話がそれぞれに完結しているような印象になっている。ただ、様々な角度から語られる宮部久蔵の話を聞くうち、読者のなかにも宮部久蔵という人物が、非常に立体的な姿で見えてくる。それぞれの人のインタビューに心を打たれる場面があり、次第に宮部久蔵という人物の人柄に引力を感じられるようになっている。読者はそうやって、本の世界に引き込まれていく。
 そしてラスト。バラバラの断片に見えたいくつかのインタビューの内容が、思わぬところでつながっていることに気づかされる。主人公も読者も。そして、まさかの結末。涙止まらず!

◆それを踏まえて映画は......
 かなり原作の内容に忠実に作られている印象。600ページ弱の長い原作から、うまく本当に大事な部分を過不足なく抜き出して作られているように感じ、好感が持てた。
 また適宜CGなども使い、戦争の場面が迫力ある映像になっていたし、小説では出てこなかった地図などを所々で見せることにより、戦争の内容がより身近に感じられる部分もあった。必要でない人物を削り、その人の意味あるセリフだけを他の登場人物にうまく振り分けているのにも、構成力を感じる。
 本のほうはあくまで生きている間に出会った人々の言葉の中でだけで生きていた宮部久蔵が、映画では岡田准一という俳優の演技で具体化されている。岡田くんの演技も秀逸で、まるで違和感なく受け入れられた。
 そういう意味で、映画だけでも充分「永遠の0」の魅力は感じられる。ただやはり、あの分厚い本を読んでいると、それぞれのシーンや人の言葉の奥にもっと厚みや重みを感じられ、より楽しめるようにも思った。
 だから個人的には、本→映画の順番で良かったかな、と思う。映画でラストを知ってしまったあとに、あの長編を読むのは、ちょっとモチベーションが維持できないかも(私は)。


「永遠の0」について調べていたら、同じく「ゼロ戦」を題材にして映画を作った宮崎駿監督が「永遠の0」を酷評したとか、そんな記事も出てきた。やはりリアルに戦争を経験している世代と、そうでない世代では、どうやっても戦争というものに対する思考の溝は埋まらないのかもしれない。
 でも、映画の最後にも「戦争を知っている世代はあと10年もしたらほとんど死んでしまう」という言葉が出てきたけれど、今、改めて過去の戦争に目を向けること、実際に戦争を体験しているわけではない世代の人間でも、ひるまずに戦争に向き合って作品を作ることには意味があるように思った。
 私は個人的には、百田さんが安倍首相の靖国参拝に対して、良くやったくらいの意見表明をしていたことにちょっと違和感は覚えたけれど、「永遠の0」に込めた百田さんの想いはすっと受け止められた気がする。

 600ページの小説を読むのは......という人は、是非、公開中に映画を見てください! お薦め。(戦闘シーンの迫力などは、やはり映画館で味わってこそだと思うので)

2013年11月25日

重松清「その日のまえに」

その日のまえに (文春文庫)その日のまえに (文春文庫)
重松 清

文藝春秋 2008-09-03
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★直球のストーリーでこそ、筆力が試される★

 重松さんの作品は、ときどき、ふっと読みたくなり、手に取る。
 この本は以前から気になっていたものの、なかなか実際に手に取るチャンスがなかったもの。

 7つの短編小説から構成された1冊の本だが、最後の3作は「その日のまえに」「その日」「その日のあとで」という一連なりの作品になっている。この本のタイトルが「その日のまえに」でもあるし、この最後の3作が、本全体の中心になっている。

「その日」というのは、余命宣告された妻の亡くなる日のこと。
「その日のまえに」では、少しずつ体力が落ちてはいるものの、どうにか外出許可が下りた妻と一緒に、結婚してすぐに暮らしたアパートやその周辺を歩く物語。
 今は成功している主人公が、まだ売れず、貧しかった頃の思い出を、「でもやっぱりこの頃が幸せだった」と思いながら巡る、切ない話。

 そして「その日」に妻は亡くなり、「その日のあとで」主人公は少しずつ亡くなった妻との新たな関係を築き直していく。

 目次を見たら、「その日のまえに」を読んでいるときから、妻は決して奇跡的に回復したりはしないということが分かるし、物語は当然、妻の死に向かって進んでいく。ストーリーに何の衒いもなく、非常にストレート。
 それでも、予想される方向に向かって、しっかり、丁寧に描かれていくこの世界の確かさ。シンプルな設定だけに、本当に筆力のある人にしか書けない物語だなと感じる。ぐっと静かに心をつかまれる、良い話だった。

 最後の3作以外は、基本的には独立した短編。でも残り4編のうち3編は病や死がテーマになっている。テーマは重たいのだけれど、それぞれにしっかりと広がる世界みたいなものがあって、心地よくも感じられる作品たちだった。
 なんというか、本当に上手い人って、背景とか小道具の使い方が違う。最初の作品のタイトルは「ひこうき雲」なのだけれど、この作品から「ひこうき」と「ひこうき雲」を取り外したら、もっと閉塞感のある、閉じた物語になるだろう。
 死という重たいテーマ、過去の自分や閉ざされた自分の未来をじっと見つめる主人公だけを描いていたら、きっとどの作品も、もっと救いがないものになっているはず。
 そういう閉じた世界から、読者の視野を広げさせる、「ひこうき雲」とか、「海」とか、「ストリートミュージシャン」とか......やっぱり、さすが重松さん、と思う。

2013年10月 2日

近藤 史恵「サクリファイス」

サクリファイス (新潮文庫)サクリファイス (新潮文庫)
近藤 史恵

新潮社 2010-01-28
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★サクリファイス(犠牲・生贄)の意味が最後、効いてくる★

自転車競技(ロードレース)の世界を舞台に描かれた近藤さんの代表作。
近藤さんの作品は、以前、他の作家とのオムニバス短編集で読んだことしかなかったが、それだけで「近藤さんはこういうものを書く人」と、分かったつもりでいた。
でも今回、知り合いに薦められて、この作品を読んでみて良かった。
やっぱり作家を知るには、代表作を読む必要があるな、と切に感じた。

この作品は、本当に、設定から、アイディアから、構成から、非常にしっかりとしていて、読み終えたあと、「うわ、やられた」という感じだった。
文庫の背表紙いわく「青春小説とサスペンスが奇跡的な融合を遂げた」作品らしいが、スポーツの世界のもつ爽やかさと、サスペンス小説の持つ人間描写の深さや"してやられた"感がしっかり味わえる秀作!

この小説はある一人の人物がキーになっているのだけれど、「こんな人、いないんじゃない」と「もしかしたらいるかも」のきわどい線で、その人がしっかり描かれているのがいい。
「事実は小説より奇なり」と言うけれど、小説もやっぱり「当たり前」ばかり書いていてはつまらない。でも、そうはいっても、「あり得ないよ」と読者に思わせてはいけない。その突飛さと、納得感のバランスって大事だな。

あとこの小説の一番すぐれているところは、ロードレースという一般にはあまり知られていないけれど、特殊なルールによって築かれた世界が舞台になっていることだろう。
決して名前は残らないけれど、チームのために、チームのエースを優勝させるためにだけ必死に戦う「アシスト」という立場の選手がいる。
そのチームの勝利、エースの勝利のためにある種、自らを「犠牲」にする人間の存在がある競技だからこそ、このストーリーは成り立っている。

ラストはちょっと衝撃的だけれど、素直な心を持った人なら、純粋に感動できるストーリーだと思う。
文庫で300ページ弱と読みやすい長さだし、次に読む本に迷ったら手に取って欲しい。

2013年9月 2日

百田 尚樹「海賊とよばれた男」

海賊とよばれた男 上海賊とよばれた男 上
百田 尚樹

講談社 2012-07-12
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★経営者の鏡!★

本屋大賞を受賞した百田さんの「海賊とよばれた男」読了。
非常に良かった!

この本は、国岡鐵造という人の物語なのだけれど、国岡鐵造のモデルは、出光興業の創始者・出光佐三。
主人公の名前と会社名は違っても、かなり史実に忠実に描かれているということで、戦前から戦後にかけての日本の様子、当時の石油をめぐる状況が分かり、勉強にもなる。

でも、それよりなにより、この本から伝わってくるのは、「出光佐三」のすごさ。
先見の明があり、石炭の時代から、石油に目を付けたところもすごいが、一番のすごさは「確固たる理念を持った、ぶれない経営」に尽きる。

戦後、石油が売れなくなるという、石油会社にとっては恐ろしく大変な時期であっても、「誰一人、クビにはしない」と決め、雇用を守る。
また、「誰のためのビジネスなのか」から、決して揺らがない。
自分たちが石油を売るのは、消費者ができるだけ安く石油を買えるようにするため、という理念を貫き、石油が不足してきたからと言って、決して値上げすることなく、安い値段を維持し続ける。
たとえ自分の会社の利益にならなくても、日本という国のためになればと、他の会社がどこも引き受けなかった過酷な仕事も請け負う。
そして、自分たちは従業員という「家族」のために働いているのだと、株式は公開せず、また力のある外資にも屈しない。

そのぶれなさと、しっかりした理念は、優れた従業員も育てていく。

ただそのために、他の石油会社からは恐れられ、煙たがられ、色々な嫌がらせにも合う。
国岡鐵造は、生涯、様々な団体や企業の圧力と戦い続けた。
でも、そんな国岡鐵造の経営方針と生きざまに打たれ、資金を提供する人、常識はずれの額の融資を決める銀行もある。

そんな、ビジネスの話でありながらも、最終的には人と人の心のふれあいの話になっている構成はさすがだ。

かなり難しく、固い設定でありながら、ひっかかることなく、すらすら読めてしまうのは、百田さんの筆力だろう。
国岡鐵造と、その周りにいる人たちの男らしさに、涙腺も刺激される傑作だった。

戦前・戦後を「古き良き時代」みたいには言いたくない。
この時代にも、日本にいたのは、国岡鐵造よりも国岡鐵造のような「出る杭」を叩く輩がほとんどだったわけだ。
逆に言えば、今の時代にだって、国岡鐵造(=出光佐三)は生まれ得る。

ぜひ、多くの経営者に読んでもらいたいと感じる本だった。

2013年7月20日

朝井 リョウ「何者」

何者何者
朝井 リョウ

新潮社 2012-11-30
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★現役世代が語る就活のリアル★

 半年前の直木賞受賞作を読んだ。
 作者の浅井リョウさんは、小説すばる新人賞でデビューしたとき、まだ現役の大学生だった。その後、就活をしながらも、精力的に小説を発表し続け、去年(2012年)の秋にこの本を書き下ろして、出版している。確か浅井さんは去年の4月から「新社会人」をしているはずなので、自分の就活の経験を元にして、内定をとったあとにすぐ、書き始めたものなのではないか、と思われる。

 今の学生の就活は「全身就活」だ、とか言われるし、新聞などの情報を見ているだけでも大変そうだなぁと思うのだけれど、小説になると、さらにリアルにつらさが伝わってきた。
 そのつらさは、15年前に就活をした自分の経験とは、異なるところも多いけれど、共通する部分もあって、共感できてしまう。

 この小説の登場人物は主に7人。
・過去に演劇をやっていたが、今はやめて就活に専念する主人公・拓人
・主人公と同居する、元バンドマンの光太郎(単純明快な明るい人物)
・主人公たちの上の階に住む同じ大学の理香(ESの添削を受けたり、OB訪問を積極的にこなしたり、精力的に就活している)
・理香の友だちでもあり、光太郎の元彼女でもある瑞月
・理香と同棲しているインテリ派の男・隆良
・拓人と同じ劇団にいたが、今は一人で新しい劇団を立ち上げ、毎月公演を行っているギンジ
・拓人とギンジと同じ劇団にいたタク先輩

 このうち、はじめの4人が真剣に就活をしているメンバー。それに対し、隆良は、「就活なんて個性のないやつがすること」と斜に構えた態度をとり、ギンジも早々に普通に就職をするという道を切り捨て、劇団の活動に専念する。タク先輩は、理系の院生なので、6人とはまた違ったスタンスに立つ。

 この人物の設定がうまい。
 色々なスタンスから「就活」とか「将来」というものに向き合う姿勢や、価値観の違いやぶれみたいなものを丁寧に書き出すことで、この小説はうまく成り立っている。

 そしてもうひとつ、この小説が成功しているのは、SNSやネットの使い方のうまさ。
 メールのやり取りやtwitterを小説に取り入れている人は他にもいるけれど、浅井さんはやはりSNSが体の一部になっている世代なのだろう。「時代を映すために使ってみました」というのではなく、小説の重要な要素として、twitterのツイートが非常に有効に使われている。
 実際に生身で会って交わしている会話の裏で、常にSNSの違う文脈が流れているという、現代のリアル(飲み会のあと、友人が自分と一緒にいたはずの時間にその飲み会についてツイートしていることに気付いたときの違和感......)。
 実際には長く顔を合わせていない相手でも、その人のしていることを事細かに知ることができてしまう、ネット時代のリアル。

 小説を楽しむという意味でもお薦めの本だけれど、「最近の若者」とか「最近の就活」の実態を知りたい人にも、良い本だと思う。

2013年5月26日

宮本輝「優駿」

優駿〈上〉 (新潮文庫)優駿〈上〉 (新潮文庫)
宮本 輝

新潮社 1989-11-28
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★やっぱり宮本輝は別格!★

 久しぶりに宮本輝の作品を読んだ。「優駿」は20歳前後の頃に読んだと思うので、約20年ぶりの再会。
 20年経って読み直すと、より、宮本輝という作家の筆力、構成力とか、人間観察の鋭さが感じられる。
 基本的に私は、古典的な作家(三島由紀夫とか太宰治など)は呼び捨てにし、まだ存命の作家は〇〇さんと書くのだけれど、宮本輝は、私の中では、三島とか太宰と並ぶような"文豪"だなぁ。ということで、「さん」づけなしで。

「優駿」は映画にもなったし、非常に有名な作品なので、「あぁ、競走馬の話ね」くらいは、多くの人が知っていると思う。
 私自身も、若い頃に読み、「馬の話」と記憶していたのだけれど、改めて読み返してみると、決して「馬の話」とはまとめられない、人間の愛とか欲とか弱さとか汚さとか、純粋さとかまっすぐさとか......ものすごく奥深い「人間模様」の話だった。

 たとえばオラシオン(主人公?の馬)の生産者の息子と、所有者の娘との出会いと恋。その格差のある恋心故に、背伸びをし、自分の牧場をもっと規模の大きい立派なものにするのだと頑張るその息子の奮闘ぶり。
 また、オラシオンの所有者の会社の危機と、彼が妾に産ませていた息子との再会。
 その会社の存亡をめぐる、オラシオンの所有者と、実の息子のような絆で結ばれていたはずの秘書との変わっていく関係。
 オラシオンの騎手になる男が背負ってしまった暗い過去......。

 この小説は、オラシオンがうまれ、三歳になってダービーに出るまでの三年間を書いているのだけれど、それはオラシオンの成長の記録ではなく、その三年にオラシオンの周りで起きた様々な出来事の記録になっている。

 そしてその一つ一つのエピソード、一つ一つの出来事における人々の心の動きが非常に巧みに、精緻に描かれている。
 情景描写、心情描写とも卓越で、「文学」としても素晴らしい上に、構成やストーリーも計算尽くされていて、途中で読む人を決して飽きさせない「エンターテイメント性」もある。
 宮本輝は「泥の河」でデビューする前、「新人なのにうますぎる」という理由で新人賞を獲れなかったという話があるけれど、宮本輝の魅力は、「粗削りながらも、きらりと光る個性(←新人賞では、結構こういうのが好かれるように感じる)」ではなくて、しっかりとした努力に支えられた「王道の上手さ」なのだろう。

 特にこの「優駿」では、章ごとに視点人物を変えているその作りが非常に生きている。5人の視点で始めの5章が書かれ、さらに6~10章も同じ人物の視点で二順目、書かれ、最後の「終章」だけは、その五人全員の視点が細かく移り変わって、クライマックスのシーンを盛り上げている。

 社会や人間に対する鋭い視点は、一朝一夕で真似できるものではないけれど、構成の立て方や視点の使い方は勉強になる。

 この本は上下巻あって長いのもあり、1か月以上かけてのんびり読んでいたけれど、奇しくもダービーの日に読み終わった。
 実際の競馬についてはまったく知識はないけれど、今日のダービーの影にもきっと色々なドラマがあったのだろうな。

2013年5月 4日

川村元気「世界から猫が消えたなら」

世界から猫が消えたなら世界から猫が消えたなら
川村 元気

マガジンハウス 2012-10-25
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 今年の本屋大賞ノミネート作品。
 タイトルがなんだかいい。

 内容は簡単に言うと、余命わずかと宣告された30歳男性の前に悪魔が現れ、「〇〇を消したらあと1日、寿命を延ばしてやる」というようなことを言う。主人公は毎日、悪魔のその提案を受け入れるかどうか迷いながらも、"あってもなくてもいい"かもしれないし、実は大切なのかもしれないものを消していく......という話。

 奇抜な設定だけれど、そのもの(たとえば電話、たとえば映画、たとえば時計......)がある世界、なくなった世界に対しての主人公の感じ方、考え方については、頷ける部分も多く、突飛すぎる感はなかった。
 電話と時計についての捉え方はまぁ正直、常識の範囲を出ないところも多かったけれど、映画の章については、作者が「映画プロデューサー」なだけあって、映画に対する愛情を感じた。

 文体は非常に軽い。特に"悪魔"の語り方がふざけた若者言葉で、主人公が「あともう少しで死ぬ」という悲壮感は作品の中にまったく漂っていない。
 この本の宣伝で、角田光代さんが「小説だが、これはむしろ哲学書なのではないかと思えてくる」と書いているけれど、読んでみると、なるほど、という気がする。
 (もしかしたら角田さんにそういう意図はないのかもしれないけれど、)これは「小説」じゃないよね、と言いたくなる気持ちが分かる......(まぁ、小説ではあるけれど、文学じゃないという表現の方が適切かな)。
 少し前、自己啓発書の小説版と言われた「夢をかなえるゾウ」という本がはやったけれど、世界観としては、それに非常に近いなと感じた。

 おもしろく読めるし、設定も興味深い。普段当たり前のようにある物の存在意義を改めて感じられるし、そもそも命ってなんだろうという疑問も抱かざるを得なくなる。ラストはちょっと感動的。また映画の人だけあって、過去の説明の部分も、きちんと"シーン"として描かれていて情景が目に浮かぶ。そして猫がかわいい(笑)
 2時間くらいでさらりと読めてしまうし、読んで損はない本。

 ただ、非常に個人的な意見だけれど、これが本屋大賞じゃなくて良かったな、というのが正直な感想でもあるかな......。やっぱり本屋大賞は、もうちょっと"文学的"なものがいい。

2013年3月16日

三浦 しをん「舟を編む」

舟を編む舟を編む
三浦 しをん

光文社 2011-09-17
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 昨年の本屋大賞受賞作。
 一言で説明すると、辞書を作る人たちの話。
 多分かなり取材をしているのだろう、細部が非常にリアルで、「なるほどそういう工程を踏んで辞書というのはできるんだ」という驚きに満ちた内容になっているけれど、「本屋大賞受賞作」なわけで、あくまで「フィクション」。

 タイトルの「舟を編む」の「編む」は「編集する」の意味だと思うけれど、「舟」というのが「辞書」を意味している。
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
 かっこいい!

 話はある出版社で辞書編集部の責任者だった荒木さんが定年退職を迎え、後継者を探すところから始まる。
 第1章がその荒木さん視点、第2章は後継者として目をつけられた馬締(まじめ)という男性の視点、第3章はもともと辞書編集部に所属しているけれど、辞書というものにそこまで愛情を抱けずにいる西岡という男性の視点、第4章が新たに辞書編集部に異動になった岸部という若い女性の視点、第5章が再び馬締視点で語られている。

 荒木さんと馬締さんは、辞書に特異な愛を抱いている、まわりから見ると明らかな"変人"。なので正直、第1章と2章のあたりは、「へぇ」といろいろ感心したり、興味深く感じたりはしたけれど、感情移入はできなかったかな。
 でも、第3章と第4章の、普通の感覚を持った人が視点人物になっている章で、徐々に辞書を作るということがどういう意味を持ったことなのか、言葉にはどんな力があるのか、ということが伝わってくる(この「言葉」に対する想いはきっと作者である三浦さんの想いでもあるのだろう、と考えると、また、胸を打たれる気がする)。
 それでラストは馬締さんの章なのだけれど、その頃には、"変人"の馬締さんに感情移入して、「頑張れ!」と思ってしまうから不思議だ。
 辞書を買うなら「広辞苑」より、馬締さんたちの作っている「大渡海」が欲しい、なんて最後には思っている(笑)

 正直、馬締さんのキャラクター設定や、恋愛部分はちょっと型にはまった作りものっぽさも感じなくはなかったけれど、それが三浦さんの「伝える」ということに対するこだわりなのだろうな。

 三浦さんはいくつかの文学賞の選考委員などもしているのだけれど、選考委員の選評を読むとそれぞれの作家がどんなことを重視して自らの作品を作っているのかが分かって、興味深い。
 三浦さんは太宰治賞の選考でこんなことを言っていた。

==============================
 もし、「世紀の傑作が書けた」と思っても、自分以外のだれかに読んでもらわなければ、その作品は本当の意味では傑作にならないだろう。「傑作だ」と自分で確信し、それだけで満足するのなら、原稿は机の引き出しにしまっておき、百年後に発見され評価されるのを待てばいい。

 賞に応募するということは、百年後ではなくいま、だれかに読んでほしいという気持ちが少なからずあるということだろう。つまり、いま、だれかに伝えたいと願って書かれた作品であるはずで、そうであるならば、伝えるための工夫を最大限こらすべきだ。工夫をこらす余地は、文章や構成やユーモアや登場人物の造形など、さまざまにある。
==============================

 この文章を読んで三浦さんは自分の伝えたいことを伝えるために、作品を「エンターテイメント」にするということを選んだということなんじゃないかと思った。

 楽しく読める良質なエンターテイメント作品だった。家に辞書がある人は、この本を読んだら、これから頻繁に辞書を引きたくなること間違いなし、です!

2013年2月25日

沼田まほかる「痺れる」

痺れる痺れる
沼田 まほかる

光文社 2010-04-20
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 知り合いに薦めてもらい、初めて沼田まほかるさんの本を読んでみた。
 ホラー大賞でデビューした人らしい。ホラーは苦手なのもあり、今まで全然知らなかったが、調べたら、去年は本屋大賞にノミネートもされていた。大衆受けしそうな作風ではないけれど、一部のコアなファンがつきそうな作家だな、と思った。
 今回読んだ「痺れる」は、9つの短編からなる作品集。
 どれも独特の世界観で描かれている。非常に「文学的」な作品だと感じた。
 個人的には、9つの作品のうち、5作品くらいを心地よく読め、特に「ヤモリ」「沼毛虫」の2つを気に入った。ただ、2,3作品は、気持ち悪いだけで、ちょっとなぁ......というものもあった。それだけ、異なったテイストのものを描けるということなのだろうか。
 いかにもホラーっぽい題材を、ホラーのまま描いたものもあれば、緻密に描き出された日常の風景にホラーの要素が混ざっているものもあり、また、文体からして普通の感性を持った人を撥ねつけているようなものもあった。
 一言でいうと、「芸術家の書いた小説」という感じの本だった。

 ストーリーの不気味さに、ちょっとした細部の描写の不気味さがうまく合っているところに才能を感じた。
 たとえば「ヤモリ」では、初めに家でよく見るヤモリの描写があるのだけれど、ヤモリの目の奥に感じた闇が、あとで井戸の中の闇に重なっていく。この絶妙な伏線は、芸術だ。
 沼田さんは、ヤモリだとかナメクジだとか沼毛虫だとか......そういう"小道具"の使い方が非常にうまい。
 最初数作品読んだときは、ちょっと小川洋子さんの初期のころの作品と重なった。私は大学時代、好きな作家は小川洋子さんと答えていたのだけれど、小川さんの初期の作品も、美しさと残酷さを併せ持つ"芸術作品"だった(小川さんの初期の作品は日本ではなく、フランスで映画化されているというのも、納得できる)。
 ただ小川さんが好んで描くのは研究室や病室だったのだけれど、沼田さんはそれが「庭」や「虫」になっている。多分、こういう隠しきれない心の深い部分での偏愛みたいなものには、作家の深層心理が表れているのだろうな。

 それにしても、沼田さんの「主婦、僧侶、会社経営などを経て、2004年に『九月が永遠に続けば』で、第5回ホラーサスペンス大賞を受賞し、デビュー」という経歴はなんなのだろう。
 僧侶? そして僧侶のあとに会社経営?
 経歴も、奇妙だ(笑)

 決して万人受けはしない作品だと思うけれど、ちょっと変わった読書体験をしてみたい人にはお薦めかな。私自身にとっては、半年か1年に1冊くらいのペースで読みたくなるだろうな、と思える世界でした。結構刺激になりました。
 お薦め、ありがとう!

 

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