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2013年7月21日

平野啓一郎「空白を満たしなさい」

空白を満たしなさい空白を満たしなさい
平野 啓一郎

講談社 2012-11-27
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★作者の主張と、ストーリーや人物設計のバランスの良さ★

 平野啓一郎さんの名前は、デビュー当時から知っていたけれど、デビュー作「日蝕」の冒頭だけ読んで難解さを感じ、そのまま敬遠していた。
 なので、真面目に読むのは初めてだった。

 この小説は、主人公が「3年前に死んだ男性」。
 草なぎくんが主演した映画「黄泉がえり」ではないけれど、死者が次々生き返る奇妙な現象が起こり、主人公も生き返ってきた。

 死因は会社の屋上からの転落死。
 生き返ると、自分の死は「自殺」だということになっているけれど、主人公はそれを受け入れられず、自分は殺されたはずだと、会社の警備員に疑いをかけ、真相に迫る。

 前半は、その「真相追及」が主軸になり、サスペンス的に進んでいく。
 ただ同時に、主人公と妻、亡くなった当時は1歳だった息子との関係もじっくり描かれていく。
 夫が自殺したのは自分のせいだと3年間、思いつめていた妻が、主人公に語る言葉は重い。

 後半は、生き返ってから出会った人との関係によって、主人公が自分の考え方を少しずつ変えていく様が、丁寧に描かれている。
 前半のサスペンス的な色合いはなくなり、哲学的な内容になっていく。

 特に平野さんが、この本だけではなく、自分の書く文章を通して一番伝えたいことは、「分人」という考え方らしい。
 多重人格という否定的な意味ではなくて、人は複数の性格というかペルソナを持っている。それは、接する相手によって変わる。
 妻にだけ見せる「分人」、子供と接するときだけ現れる「分人」、同僚と会話しているときに現れる「分人」、旧友に対してだけ見せる「分人」......などなど。

 その「分人」という考え方ができるようになると、自殺者は減るはずだと、登場人物の一人は語る。
 たとえば職場で上手くいっていなくても、妻との関係はよく、その「分人」は自分で愛せるのなら、それを足掛かりにして、自分全体を築いていけばいい、と。

 途中、蘇った人だけが集まる会のシーンや、日本人を助けて亡くなった外国人との会話などを通して、「死」や「人間」というものに対する色々な議論が交わされていく。

 そういう意味では、結構「主張」の色合いの濃い作品なのだけれど、うまく作者の主張とストーリー、人物の設計がかみ合っているからだろうか、すんなりメッセージを受け取ることができた気がする。

 読み終わった後もしばらく、不思議な余韻が残る作品だった。
 「決壊」や「ドーン」も是非、今度、読んでみたい。

2013年7月20日

朝井 リョウ「何者」

何者何者
朝井 リョウ

新潮社 2012-11-30
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★現役世代が語る就活のリアル★

 半年前の直木賞受賞作を読んだ。
 作者の浅井リョウさんは、小説すばる新人賞でデビューしたとき、まだ現役の大学生だった。その後、就活をしながらも、精力的に小説を発表し続け、去年(2012年)の秋にこの本を書き下ろして、出版している。確か浅井さんは去年の4月から「新社会人」をしているはずなので、自分の就活の経験を元にして、内定をとったあとにすぐ、書き始めたものなのではないか、と思われる。

 今の学生の就活は「全身就活」だ、とか言われるし、新聞などの情報を見ているだけでも大変そうだなぁと思うのだけれど、小説になると、さらにリアルにつらさが伝わってきた。
 そのつらさは、15年前に就活をした自分の経験とは、異なるところも多いけれど、共通する部分もあって、共感できてしまう。

 この小説の登場人物は主に7人。
・過去に演劇をやっていたが、今はやめて就活に専念する主人公・拓人
・主人公と同居する、元バンドマンの光太郎(単純明快な明るい人物)
・主人公たちの上の階に住む同じ大学の理香(ESの添削を受けたり、OB訪問を積極的にこなしたり、精力的に就活している)
・理香の友だちでもあり、光太郎の元彼女でもある瑞月
・理香と同棲しているインテリ派の男・隆良
・拓人と同じ劇団にいたが、今は一人で新しい劇団を立ち上げ、毎月公演を行っているギンジ
・拓人とギンジと同じ劇団にいたタク先輩

 このうち、はじめの4人が真剣に就活をしているメンバー。それに対し、隆良は、「就活なんて個性のないやつがすること」と斜に構えた態度をとり、ギンジも早々に普通に就職をするという道を切り捨て、劇団の活動に専念する。タク先輩は、理系の院生なので、6人とはまた違ったスタンスに立つ。

 この人物の設定がうまい。
 色々なスタンスから「就活」とか「将来」というものに向き合う姿勢や、価値観の違いやぶれみたいなものを丁寧に書き出すことで、この小説はうまく成り立っている。

 そしてもうひとつ、この小説が成功しているのは、SNSやネットの使い方のうまさ。
 メールのやり取りやtwitterを小説に取り入れている人は他にもいるけれど、浅井さんはやはりSNSが体の一部になっている世代なのだろう。「時代を映すために使ってみました」というのではなく、小説の重要な要素として、twitterのツイートが非常に有効に使われている。
 実際に生身で会って交わしている会話の裏で、常にSNSの違う文脈が流れているという、現代のリアル(飲み会のあと、友人が自分と一緒にいたはずの時間にその飲み会についてツイートしていることに気付いたときの違和感......)。
 実際には長く顔を合わせていない相手でも、その人のしていることを事細かに知ることができてしまう、ネット時代のリアル。

 小説を楽しむという意味でもお薦めの本だけれど、「最近の若者」とか「最近の就活」の実態を知りたい人にも、良い本だと思う。

2013年7月17日

道尾秀介「カラスの親指」

カラスの親指 by rule of CROW's thumb (講談社文庫)カラスの親指 by rule of CROW's thumb (講談社文庫)
道尾 秀介

講談社 2011-07-15
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★"詐欺師"に読者も、まんまと騙される★

 昨年秋に映画化された道尾さんの作品。
 道尾さんの作品には素敵なものが多いが、意外にもこれが「初の映画化作品」だったらしい。
 確かに映画にすると映えそうなシーンや、起伏にとんだストーリー、個性的なキャラクターなどが、他の道尾作品に比べて多いような気がする。

 主人公は詐欺師。その詐欺師が泥棒と知り合って同居し始め、そこにスリを生業とする少女、少女の姉とその恋人までが加わり、5人での共同生活になっていく。
 その5人が、壮大な"復讐"計画を立て、実行していく、というのが、ざっくりとした内容。
 その"復讐"に向かって動いていく一本のストーリーの線も、もちろん見ものだけれど、5人のちょっと空とぼけた会話とか、ちょっと奇妙な共同生活の様子とか、癖はあるけれど"なんかいい人だな"と思える登場人物の人柄とか......。この小説には魅力がたくさんある。

 特に心に残ったのは、こんなトリビア的な情報。
 お父さん指(親指)は、他の4本の指としっかりくっつくのに、お母さん指(人差し指)は、赤ちゃん指(小指)とだけうまくくっつかない。
 でも、お父さん指とお母さん指をくっつけたまま、赤ちゃん指にくっつけると、ぴったりくっつく。

 おお、本当だ!!
 ......思わず、やってしまった。
 このちょっとしたトリビアは、タイトルの「親指」にも通じ、最後まで意味がある。
 さすが道尾さん!


 始めは、その「詐欺師」とか「泥棒」という設定とか、ちょっと現実離れしたユーモラスな会話などが、"あれ? 今、伊坂幸太郎読んでたっけ?"という錯覚も起こさせたけれど、ラストの締め方にやっぱり違いが出ている気がした(どっちがいいとか悪いではなくて)。
 伊坂さんの作品は、ちょっと現実離れした感覚のまま、初めから最後まで突っ走り、「犯罪行為」に対する罪悪感のようなものは、いつもまったく感じさせない。それに比べて、この作品のラストは、現実的なところに、しっかり落とす感じだった。
 人の心の機微とか、人間の深みみたいなもののは、そのほうがよく伝わる気がした。

 この小説の一番の売りは、最後の最後で起こる大どんでん返し(映画のキャッチコピーでもそれを謳っていたと思う)。
 詐欺の話だけに、読者まで騙す、という、にくい演出。

 ただ個人的には、最後の最後のどんでん返しがなくても、その前にある、どんでん返しが結構ツボにはまり、そこで終わっても、楽しめたかな、などと思った。

 どんな「どんでん返し」なのかは、もちろん、読んでのお楽しみ♪

2013年7月 5日

トニー・パーカー「殺人者たちの午後」

殺人者たちの午後殺人者たちの午後
トニー・パーカー 沢木 耕太郎

飛鳥新社 2009-10-14
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★素晴らしいインタビュー力と文章力★

 実際に殺人を犯してしまった人というのは、どんな気持ちなのだろう、と気になり、犯罪心理学関係の本を探していて、出会った本。

 海外の本は、翻訳された日本語の不自然さが苦手で、あまり手に取ることはないのだけれど、この本は、「これぞノンフィクション!」という、優れたインタビュー力と文章力を感じられる逸品だった。

 筆者は名インタビューアーとして有名な人のようだし、訳者は沢木耕太郎。そりゃ、うまいわけだ。

 この本は、10人の殺人犯へのインタビューで構成されている。
 そのため、一人ひとりに対するインタビューは30ページほどで、決して長くはない。しかし、その短いなかでも、
 ・事件を起こした頃のその人の状況
 ・どんな関係の人をなぜ殺してしまったのか
 ・事件を起こしたとき、どんなことを感じたか
 ・そのあとの生活はどんな感じか
 など、事件前から事件後までのことが、読む人にしっかり伝わってくる。

 10人のなかには......
 ・妻の外出中、幼い息子と娘の面倒を見ていたとき、以前から自分に懐いていないと感じていた娘(赤ん坊)を、魔が差して殺してしまった男
 ・普段はとても仲が良かった祖父を、その日、お小遣いをくれなかったという理由で、衝動的に殺してしまった男
 ・自分から恋人を奪いそうになった女を殺したが、特に殺した女性に対して罪悪感は抱いていない様子の女
 など、色々な人がいる。

 事件時のことを語る10人の言葉を読んでいると、殺人というのは、決して自分とは無関係のところにあるできごとではなく、なにかちょっとしたきっかけで、事故のように起こってしまうものなのかもしれない、と感じた。

 そう感じたのは、10人が、あまりに「人間的」だからなのかもしれない。
 ちょっと魔が差して娘を殺してしまった男は、元妻から改めてやり直そうと再婚を求められても、自分には幸せになる資格などないとはねつけ続ける。
 かと思うと、刑務所で知り合った相談員と親しくなり、出所後、結婚しようとする男もいる。

 その価値観はちょっとおかしいのではないかと感じる相手もいたけれど、ほとんどの人に対しては思わず、共感を抱いてしまった。

 それはきっと、作者の力だと思う。
 トニー・パーカーは、相手が殺人犯であっても、ただ一人の人間として、相手の意見を尊重し、話を聞いている。すべてを受け入れる姿勢を見せているからこそ、相手も作者を信頼し、心の深いところまで話をし、また、次のインタビューの日を楽しみに待つのだろう。

 すべてのインタビューで、作者自身はほとんど表にでてこず、最初の状況説明以外は、殺人犯本人の口から一方的に語られるような形で書かれている。
 それでも、とても人間的な殺人犯の向こうに、どんな人に対しても心を開き、全身で相手を受け止めている作者の存在を感じた。

 内容もその控えめな描き方も、非常に心に残る傑作だった。
 うまいノンフィクションって、大好き。

 

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