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2013年3月16日

ケリー・マクゴニガル「スタンフォードの自分を変える教室」

スタンフォードの自分を変える教室スタンフォードの自分を変える教室
ケリー・マクゴニガル 神崎 朗子

大和書房 2012-10-20
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 最近ベストセラーになっている本を読んでみた。
 内容は「意志の力」についてだということで、「もっとこういう形で努力しろ」という疲れる系の自己啓発本かと身構えていたけれど、想像とはかなり違った内容だった。
 努力しろという精神論ではなく、"人間にはこういう思考の癖があるから、誘惑に負けないためには、こういう工夫をするといい"というようなことを、多くの実験結果とともに科学的に教えてくれている。

 自分自身が「禁煙したい」「ダイエットしたい」等々、意志力のチャレンジの問題を抱えている人はもちろん、子供の意志力を育てたい人とか、研修講師や教師など人のやる気を引き出さなくてはいけない仕事をしている人にもお勧め。
 実際にここに出てくる手法を試してみるのも大事だと思うけれど、一通り読んで、人間の意志力の特性を把握しておくだけでも、色々な場面で役に立ちそうだ。

 特に印象に残った部分をいくつか紹介......

★「いいことをした」と思った人は、次にちょっと悪いことをしたくなる

 たとえばある目標のために頑張っている人は、「目標の達成に向けて、自分でどれくらい進歩したと思いますか?」と聞かれ、自分の頑張りの成果を実感すると、翌日は"がんばっている自分へのごほうび"として、その努力をさぼってしまう傾向がある。

 また、カロリーの高いバーガー屋に、ヘルシーなサラダメニューを追加すると、健康的なサラダがあると認識しただけで、客は安心してしまって、いつもよりさらにカロリーの高いバーガーを注文する確率が増える。

★意志力というのは、筋肉のようなもの。エクササイズによって鍛えられる。

 2週間、利き手ではないほうの手を使って食事や歯磨きをしたり、ドアを開けたりするように支持され、実行した人たちは、パートナーに対してかっとすることが減った。

★恐怖を感じたとき、人は安心感や安らぎを与えてくれるものにすがりつく

 死亡の危険をうたう煙草のパッケージは、喫煙者の喫煙量を増やしてしまう。

 人が死亡したニュースをテレビで見た視聴者は、高級車やロレックスの時計など、ぜいたく品を買いたくなる。また、スーパーの買い物客に、自分の死について考えてもらった後に買い物をしてもらう実験では、普段より買い物リストが増えた。

★将来の自分と現在の自分が密接につながっていると感じている人は、貯金が多い

 年老いた自分のアバターと出会う経験をしたあとの人に、お金の使い道を聞くと、他の人よりも「退職金口座に入れる」とした金額が増えた。

★シロクマのことは考えるな、と言われると、どうしてもシロクマのことを考えてしまう

 ダイエット中の人は、お菓子のことを考えないようにしようと思考を抑圧するが、それが逆にお菓子への衝動を強めてしまう。
 思考を抑圧するより、今の自分の正直な気持ちをありのまま眺め、観察するようにしたほうが、誘惑には負けなくなる。

三浦 しをん「舟を編む」

舟を編む舟を編む
三浦 しをん

光文社 2011-09-17
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 昨年の本屋大賞受賞作。
 一言で説明すると、辞書を作る人たちの話。
 多分かなり取材をしているのだろう、細部が非常にリアルで、「なるほどそういう工程を踏んで辞書というのはできるんだ」という驚きに満ちた内容になっているけれど、「本屋大賞受賞作」なわけで、あくまで「フィクション」。

 タイトルの「舟を編む」の「編む」は「編集する」の意味だと思うけれど、「舟」というのが「辞書」を意味している。
「辞書は、言葉の海を渡る舟だ」
 かっこいい!

 話はある出版社で辞書編集部の責任者だった荒木さんが定年退職を迎え、後継者を探すところから始まる。
 第1章がその荒木さん視点、第2章は後継者として目をつけられた馬締(まじめ)という男性の視点、第3章はもともと辞書編集部に所属しているけれど、辞書というものにそこまで愛情を抱けずにいる西岡という男性の視点、第4章が新たに辞書編集部に異動になった岸部という若い女性の視点、第5章が再び馬締視点で語られている。

 荒木さんと馬締さんは、辞書に特異な愛を抱いている、まわりから見ると明らかな"変人"。なので正直、第1章と2章のあたりは、「へぇ」といろいろ感心したり、興味深く感じたりはしたけれど、感情移入はできなかったかな。
 でも、第3章と第4章の、普通の感覚を持った人が視点人物になっている章で、徐々に辞書を作るということがどういう意味を持ったことなのか、言葉にはどんな力があるのか、ということが伝わってくる(この「言葉」に対する想いはきっと作者である三浦さんの想いでもあるのだろう、と考えると、また、胸を打たれる気がする)。
 それでラストは馬締さんの章なのだけれど、その頃には、"変人"の馬締さんに感情移入して、「頑張れ!」と思ってしまうから不思議だ。
 辞書を買うなら「広辞苑」より、馬締さんたちの作っている「大渡海」が欲しい、なんて最後には思っている(笑)

 正直、馬締さんのキャラクター設定や、恋愛部分はちょっと型にはまった作りものっぽさも感じなくはなかったけれど、それが三浦さんの「伝える」ということに対するこだわりなのだろうな。

 三浦さんはいくつかの文学賞の選考委員などもしているのだけれど、選考委員の選評を読むとそれぞれの作家がどんなことを重視して自らの作品を作っているのかが分かって、興味深い。
 三浦さんは太宰治賞の選考でこんなことを言っていた。

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 もし、「世紀の傑作が書けた」と思っても、自分以外のだれかに読んでもらわなければ、その作品は本当の意味では傑作にならないだろう。「傑作だ」と自分で確信し、それだけで満足するのなら、原稿は机の引き出しにしまっておき、百年後に発見され評価されるのを待てばいい。

 賞に応募するということは、百年後ではなくいま、だれかに読んでほしいという気持ちが少なからずあるということだろう。つまり、いま、だれかに伝えたいと願って書かれた作品であるはずで、そうであるならば、伝えるための工夫を最大限こらすべきだ。工夫をこらす余地は、文章や構成やユーモアや登場人物の造形など、さまざまにある。
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 この文章を読んで三浦さんは自分の伝えたいことを伝えるために、作品を「エンターテイメント」にするということを選んだということなんじゃないかと思った。

 楽しく読める良質なエンターテイメント作品だった。家に辞書がある人は、この本を読んだら、これから頻繁に辞書を引きたくなること間違いなし、です!

2013年3月12日

笹原留似子「おもかげ復元師」

おもかげ復元師 (一般書)おもかげ復元師 (一般書)
笹原留似子

ポプラ社 2012-08-07
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 知り合いがfacebookで紹介していた本が気になり、読んでみました。

 以前「おくりびと」という映画が話題になり、あれも非常に良かったけれど、この本は「おくりびと」をしている本人の手記(エッセイ集)で、ひとつひとつの話が、非常に心に迫ってくる、すごい本でした。ティッシュが手放せないくらい、どこを読んでも泣けてきます......。

「おくりびと」は、やはり作られた「作品」だったから(納棺夫日記という本物のおくりびとの手記をヒントに作られたらしいが、映画を作ったのは第三者的存在の人だったという意味で)、「死」とか「納棺」というものから、適度な距離を保ちつつ、どこかしら淡々と美しく進んでいくところがあったけれど、この本は、思い切り「当事者」の視点で描かれている。遺族の感情が直に伝わってきてしまうような、そういう距離の近さがある。

 それと「おくりびと」には死者を拭き清めて、着物を着せて、軽く化粧をするくらいの場面しか出てこなかった気がするけれど、この筆者・笹原さんがしているのは、もっと職人技みたいだった。亡くなって硬直した人の顔をマッサージしてほぐし、表情筋のつきかたから、生前の笑顔を想像し、その顔に近づけていく。顔の一部が事故などで陥没していたら綿を詰めて直したり、たとえ蛆虫が湧いていても、それを退治して、まるで眠っているかのような姿まで戻していく、と。

 この技術だけでもすごいけれど、もっとすごいのは笹原さんの愛情の深さ。人というものに対する愛が半端じゃないから、できる仕事なんだろうな、と思う。でもその一方で、こういう"死"が日常になってしまうような仕事をしていたら、逆に人間愛がはぐくまれていくのかもしれない、とも思う。
 笹原さんも「経験豊富な納棺師や、この仕事に関わっている人たちは、みんな優しいと私は思います」と書いている。でも、優しいから続けられる、のかもしれない。

 なぜ亡くなった人の顔をできるだけ生前の顔に戻そうとするのか......。それはただ葬儀のため、などという理由ではないらしい。
 多くの人は、身内の遺体が苦悶の表情を浮かべたり、ひどい顔色をしていたり、匂いを発していたりすると、それを自分の身内だとは認められないけれど、それを元に戻してあげることで、死を受け入れることができる、と笹原さんは書いている。そして事実を受け止めて、泣きたければ泣いたり、悲しみをきちんと表現することが大切なのだ、と。

 この本は、4ページくらいの原稿が60ほど集まって構成されている「掌編集」みたいなものなのだけれど、その1つ1つの話に登場するのが、遺体と共に、"遺族"。
 その遺族が様々な反応を示し、色々な行動をするのだけれど、それがまた、故人への愛を感じさせて、ぐっとくる。悲しいけれど、同時に心が温かくなる話もまた、詰まっている。
 遺体の復元をする笹原さんは本当にすごい愛の人だけれど、そうではない、ただ普通に生きている"遺族"たちも実は愛にあふれた人たちなんじゃないかと、この本を読んでいると感じられるのも、また、良かった。

 笹原さんは、もともと東北を拠点に活動されていた人のようで、東北の震災のときにいち早く被災地に駆けつけ、お金をもらわず無償で遺体の修復をしていたらしい。
 この本の後半半分近くも、3.11後の復元の話になっている。
 震災から2年。東北を忘れないためにも、多くの人に読んでもらいたい本。

2013年3月 8日

窪 美澄「晴天の迷いクジラ」

晴天の迷いクジラ晴天の迷いクジラ
窪 美澄

新潮社 2012-02-22
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「ふがいない僕は空を見た」の窪さんの2冊目の単行本「晴天の迷いクジラ」を読んでみた。今年の本屋大賞にノミネート中らしい。

 二冊目を読んで確信。私は窪さんの作品の世界観が好きだ。

 この本は、4つの中編小説が集まって1つの作品になったような形になっている。
 1章は、小さな広告制作会社でオーバーワークした結果、うつ病になってしまった20代男性の話。2章は、その会社の女社長の子供時代の話。3章は、その女社長の出身の田舎に生きる中学生の話。そして4章でその3人が集まり、「迷いクジラ」を見に行くことになる、とストーリーが集約されていく。
 迷いクジラというのは、湾に誤って入り込んでしまったクジラのこと。どうにか海に帰そうとするのだけれど、なかなか出ていく気配がなく、このままでは徐々に弱って死んでしまう、と周りの人は心配して見守っている。

 一つの話を二人とか三人の視点から描き、一つの出来事を立体的にしていく手法は、最近はかなりメジャーになっているように思う(始まりは芥川龍之介の「藪の中」か?)。
 でも窪さんの書き方はそれとはちょっと違っている。
 一つの作品を書くとき、たとえその作品に表立っては反映されなくても、大抵の作家は主要な登場人物の年表みたいなものを作っている。どこで生まれたのか、大学を出ているのか、仕事は何をしてきたのか、初めてつきあった異性はどんな人か、得意なことは何か......とか、色々。
 窪さんの作品の構成としては、1章ではわき役だった一人の「年表」が、2章で詳細に描かれる、みたいな感じになっている。1章の出来事と関係あることもあるけれど、関係ないことも多い、みたいな。
 ただ4章で、1章の主人公と2章の主人公が一緒に旅をするのだけれど、たとえばそのとき、2章の主人公である女社長が「今まで色々あって大変だったのよ」と言う。1章→4章と読んでいたら、「まぁ、社長業は大変だろうね」としか思わないだろうし、1章の主人公である男の子は、それくらいにしかとらえないのだけれど、2章を読んでいる読者には、その一言の重みはかなり違って響いてくる。そんな仕組みがすごいな、と。

 ただ窪さんの作品の良さは、構成力だけではない。人間に対する深い洞察力。1章のオーバーワークでうつ病になってしまった男の子の話くらいなら私も書けそうだけれど、2章の世界は自分には書けないな、と思う。でも窪さんは、まったく違う人生を歩んできたような人たちをきれいに書き分け、それぞれの世界をリアルに仕上げている。
 2章、3章は少し痛い話だけれど、非常に心に残った。特に2章の貧しい漁村に生まれた絵の上手な少女が、どうして東京に出てきて、デザイン会社を立ち上げたのか、なぜ社員に「クライアントの要望に応えるのが仕事。自分の好みは関係ない」と言い切るのか......。

 小説を書く人間には、人物設計をしっかりするってこういうことなんだな、と、非常に勉強になる作品ですが、普通の本好きの人にも、お薦めしたい作家&作品です!

下川 裕治「「生きづらい日本人」を捨てる」

「生きづらい日本人」を捨てる (光文社新書)「生きづらい日本人」を捨てる (光文社新書)
下川 裕治

光文社 2012-12-14
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 朝日新聞に広告が載っていたんだったか、タイトルが気になって手に取ってみた。
 別に私は日本を出たいとは思わないけど......。

 この本は、旅行作家の筆者が、沖縄・カンボジア・タイ・中国・ラオス・ベトナムで出会った9人について書いたエッセイ集(紀行文?)。
 沖縄は日本じゃない? という突っ込みは入れたくなるが、9つの文章を読み終えると、確かに他の国で生きている8人の人生と、沖縄に渡った人の人生は、ちょっと似ているようにも映る。

 ただタイトルからは、積極的に日本を出て、海外で暮らすことを選んだ人たちの力強い生活をイメージしたけれど、実際の中身は結構違っていた。自らその国で暮らすことを選び取った人もいるけれど、日本にいられなくなった、日本に仕事がなかった、一度留学するために日本を出たらもう居場所が日本になくなっていた、というような消極的な理由の方が目立った。
 それはちょっと残念でもあったかな。

 でもテレビなどでは、海外に渡って成功を収めた人の話などが特集されたりするけれど、実際には海外に出たからって急に物事がうまく進み始めるなんてことは稀なわけで、そういう意味では、非常に等身大のストーリーだったかもしれない。
 ここで紹介される9人は、日本に居場所がなくなったという消極的な理由から始まっても、それぞれ、その地で暮らしていく覚悟は日々固め、その国の人々、暮らしに徐々に馴染んでいっているようにも見える。

 沖縄以外に出てくる5つの国はどこも日本と比べれば後進国なのだけれど、生活の質の差、仕事に対する姿勢の差、金銭的な裕福度の差とお金に対する意識の差、などが非常に明快に書かれていて、それは興味深かった。
 ベトナムでは、「日本人は金持ち」というイメージが強く、現地の人と結婚することになったら、相手の親族がやたらと借金の申し出をしてくるとか、逆にラオスではまだ貨幣経済というものが根付いていないため、お金を稼ぐために働くという意識が希薄で、人を雇っても平気でやめて実家に帰ってしまったり、お金を払うと言っても車に乗せてくれる人がいないとか......。国民の意識とか、国の発展というのは、順を追って起こっていくものなんだな。

 1章に出てくる沖縄に移住した人は、もともと大阪で大きなスナックとラウンジを経営していたけれど、バブルがはじけたあとに倒産させてしまった、という経歴の人。大阪では一日に多いときでは100万円を稼いでいたような店を経営していたけれど、沖縄では一日1万円売り上げがあればどうにか生きていかれるから、それで充分、というスタンスで店を開いている。「金がないってことが、こんなにも楽だったっていうこと......沖縄で味わいました。すごく体が軽いんですよ」......その人が言うと、深い。
 日本を離れ、他のアジアの国に住む人たちも、「(この国は)なんか楽」とよく言っていた。将来のことに目をつむって、キリギリスのように生きるのもどうかと思うけれど、将来を心配しすぎて、そこに縛られすぎてしまうくらいなら、その日その日を一生懸命、でも軽やかに生きられれば、その方がいいのかもしれない。

 自分の人生とは交わりそうもない人たちの人生をこういうノンフィクションの作品で読むのは楽しい。複数の価値観の物差しを持っていたい。

 

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