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2009年11月16日

本多孝好「MOMENT」


MOMENT (集英社文庫)MOMENT (集英社文庫)

集英社 2005-09-16
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久しぶりに本多さんの「MISSING」と「MOMENT」を読み直す。

最近、長編も書いているけれど、初期のころの作品はほとんど短編。

長編もいいけれど、本多さんの良さはやっぱりこういう短編集にあるよな、と改めて思う。
「MISSING」もいいけれど、「MOMENT」のほうがデビューしてから数年後くらいの作品集のため、完成度が高く、安心して読める感じ。

知り合いが「MISSING」を読み(MISSINGの第1話目がデビュー作)、「これでデビューできたのは運がいいよね。デビュー作は本当に下手だと思った。でも、どんどんうまくなってきているのが分かる」とコメントしていたけれど、改めて読み返してみると、確かに完成度は上がっていっているのが分かるかも。

本多さんの作品は、東野さんとか乃南さんの作品などと違って、「ひょっとしたら私にも書けるんじゃないか」などと思わせる身近さがあるけれど、こういう独特の世界観、透明感は、誰にでも出せるものではないよなぁ。

一応すべての話が「ちょっとしたミステリー」で、読み終わると、あぁ、と納得できる。
でもそれだけじゃなくて、読んでいる時間が心地いい。
その心地よさがなにより、本多さんの作品の魅力だろう。

最新刊「WILL」は、「MOMENT」の続編。
「WILL」の主人公は「MOMENT」の主人公の幼馴染で「MOMENT」にもしばしば登場する葬儀屋の女性。

「WILL」はまだ3分の1くらいしか読んでいないけれど、「MOMENT」と似た世界観を持った短編集になっている。
ただ、いまのところ、「MOMENT」のほうが好きかな。

WILLWILL

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エミール・ガレ展

昨日は笠間に行ったついでに、茨城県陶芸美術館を見た。
エミール・ガレ展」開催中。

こういう確固たる世界観をもった作品は、美術、文芸、映像問わず、いいなぁ、と思う。

ガレははじめ、ガラス本来の美しさを最大限に引き出す、淡い青のガラスなどを"発明"し、高い評価を受けるが、その後、方針を転換し、透明感のないガラスとは思えない作品を生み出していく。

しかもそこには、虫や蛙など西洋では忌み嫌われていた生き物を写実的に表現する。
《鶴首瓶〈蜻蛉〉》などは傑作だ。
落下し、今まさに死にそうなトンボが水面に映る自分の姿と目があう一瞬を表現したものらしいが、ぞっとするくらい、一つの世界ができあがっている。

ガレは詩や文学にも影響を受け、詩などの一節を浮き上がった文字として作品に入れ込んだりはしているが、言葉ではない表現の部分に、言葉の使い手である私は逆にまた影響を受ける。

言葉やストーリーのない芸術表現に触れることで、自分の"文学"は磨かれるように思う。

やっぱり定期的に美術館には通いたいものだ。

(あと、ガレとは別に、陶芸作品の展示もあったけれど、松井康成さんという陶芸作家の作品に非常に感動した。中学時代、密かに陶芸部だったのだけれど、陶芸にこんな多様な表現があったとは。

 

2009年11月 3日

純文学とエンターテイメント小説の違い

純文とエンタメの境がなくなって来ているといわれて久しい。
でもやっぱり、純文学系の雑誌とエンタメ系の雑誌というのがあって、それぞれの雑誌の主催する賞を獲り、デビューすると、その時点で「この人は純文の人」「この人はエンタメの人」と、なんとなく線引きがされる。

実際、文芸の出版業界に詳しい人の話を聞くと、純文学の作家のコミュニティ、エンタメ作家のコミュニティというのがなんとなくあって、そのあいだの交流はあまり盛んではないという。

つまり、デビューする前から、自分がどっちのスタンスで長くやっていきたいのか、考えて動くことが大切だということだろう。

最近、このサイトに、以前のブログから記事を移しているのだけれど、今日は 「野ブタ。をプロデュース」の感想が出てきた。これをどのジャンルに入れるか、ちょっと考え、結果として「純文学」に入れた。これはテレビドラマ化もされているし、分かりやすいエンターテイメントでもあると思うけれど、原作は主人公の内省的な部分も多かったし、なにより、これが「文藝賞」の受賞作だったから。


でも、境界のなくなってきた純文学とエンターテイメント小説、内容では、どうやって分けるの?
ということは、私も以前からずっと考えていること。

色々な人に聞いても、「今は境はなくなってきているから気にしないほうがいい」という意見が多いし、「違いはここにある」とずばりと答えてくれる人は今のところ見つかっていないのだけれど、あくまで私の考えでは......

純文学は「点」に重点があるもの。
エンターテイメントは「線」に重点があるもの。

だと思う。

「線」というのは分かりやすくいうと、ストーリー。
「次はどうなるんだ?」「犯人は誰なんだ?」「どうしてこの人は殺されてしまったんだ?」という謎を追いかけるようにして、ぐんぐん先へとひっぱっていくものがエンターテイメント。

それに対して、ある状況での主人公の気持ちであるとか、あるシーンの美しさだとか、「点」としてとらえられるものを大切にし、ひとつの箇所だけ切り取り、そこだけ読んでも価値がちゃんとある、というものが「純文学」なんじゃないか、と。

もちろん、例外もあると思う。

以前、小説の書き方を教わっていた純文学系の先生は、「純文学だからって、ストーリーがいい加減でいいわけではない。逆に、エンターテイメントだから描写がいい加減でいいわけではない」と言っていたけれど、そのとおりだろう。

でも、私が思うに、やっぱりほとんどの純文学は「点:8割 線:2割」、エンターテイメントは「点:2割 線:8割」くらいの比率でどちらかに重きをおいているように思う。

ただ、本当に良い作品は、この偏りが少ないかもしれない。
たとえば、乃南アサさんの「風紋」などは、乃南さんが「ミステリー作家」だから、作品は「エンターテイメント」ということになってしまうのだけれど、非常に主人公の気持ちの描写が緻密で、素晴らしい「文学作品」だと思う。「これからどうなるの?」という疑問で、読者を先にひっぱっていく力もあるのだけれど、主人公の気持ちを描き出すために、「線」のほうを犠牲にしているところも多い気がする。

私自身は、ずっと 「すばる文学賞」受賞→「芥川賞」受賞 を目指してきた、「純文学作家」の卵なので、「線」よりも「点」を書きたいと思ってしまう。

私の場合、書き出すとき、テーマが先に浮かぶときもあるけれど、「シーン」が浮かぶときも多い。テーマがはじめに浮かんでも、次に考えるのはストーリーよりも、「シーン」。
「こういう場面が書きたい」ということなしに、作品は書けない。

そういう「点」重視の書き方だから、ずっと純文学を目指していた。でも、純文学の賞はなかなか獲れないし、受賞作を読んでも、おもしろいと感じられないし、自分が読むのはもっぱらミステリーという状況が続き、「やっぱりエンターテイメントが書けないと」と、数年前から考えるようになった。

そして、今は、「広義のミステリー」に方針を転換している。
あんまり殺人事件とかは書きたくないので、あくまで「広義のミステリー」だけれど。

でも、これは、実は書くものを変えたということではなく、今までと同じ、自分の書きたいものに、「線」の要素を増やした、というだけ。

「ミステリー」というカテゴリーに分類されると、それだけで、心理描写や風景描写が多くても、「エンターテイメント」というジャンルになる。
 分かりづらい「純文学」と「エンターテイメント」の境で悩むより、あくまで「点」を大切にし、それを核にしながら、「ミステリー」という衣装を着て、化粧をするのもありかな、と思う。

 ジャンルとしては「エンターテイメント」に分類されるけれど、「点が6割、線が4割」くらいの作品を書いていけたら、と思う。

 

2009年11月 1日

「あの日、欲望の大地で」

「バベル」などの脚本を書いた人が初監督した作品ということで見てきた。

「バベル」もよく分からなかったけれど、こちらの映画も、「上質な芸術作品」ではあるけれど、ちょっと難解だったかな。

小説だったら「エンターテイメント」ではなく「純文学」にカテゴライズされるような作品。

三世代の女性の話、というように宣伝では言われていたけれど、あくまで主人公の女性の心理を描きつくした作品、だと思う。

インパクトあるタイトルとは違い、出来事としては色々大きな事故など起こるのだけれど、描き方は淡々としている。

ストーリーをまとめると、「母親が浮気をしているときに火災事故が起こり、亡くなってしまう。そのあと、母親の浮気相手の男性の息子が訪ねてくる。そして......」というような感じかな。

母親の気持ちも、主人公の女性の気持ちも、非常に丁寧に描き出されていて、好感が持てた。

本当に質は高い。
ただ、個人的に好きかと聞かれると、好きではなかった。

過去に引きずられて、被害者のように生きている女性の生き方に共感できなかった、というのが多分、その理由。

あと、タイトル。原題の「THE BURNING PLAIN」は確かに分かりづらいかもしれないけれど、この邦題はちょっと違う気がした。テーマはそこにはないだろう、と。

 

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