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2005年9月19日

「無限の荒野で君と出会う日」橋口亮輔


無限の荒野で君と出会う日無限の荒野で君と出会う日

情報センター出版局 2004-09-16
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「二十歳の微熱」「渚のシンドバッド」「ハッシュ!」などの映画監督橋口亮輔さんのエッセイ集。
 私は「二十歳の微熱」から結構橋口さんの映画は好きで、そうHPに書いていたら、以前「トップランナー」という番組に橋口さんが出演するとき、観覧に来ませんかとテレビ局の方からメールをもらったことがある。
 だから生で観たことのある映画監督の一人。
 橋口さんはゲイであることを公表し、作品を作っているのだけれど、正直結構格好いい人で、「あぁ~、もったいない」(なにが?(笑))と思いながら、舞台上の橋口さんを観ていた記憶がある。

 ただこの本を読んでみて、今まで抱いていた印象ががらがらがらっと壊れた。なるほど、こういう人なのか......と。「トップランナー」で見たときは穏やかで紳士的だったけれど、文章を読んでみると、なかなか毒がある。両親の話なども、結構激しい。
 そういうのを読みながら、「やはり成功する人は、違うのねぇ」と思った部分もあるけれど、紳士的な姿しか知らなかったときより、表現者の「熱さ」みたいなものを感じ、より好感を抱くようになったというのもある。
 色々なところに発表したものをまとめたものみたいで、同じような話が重複していたり、時々、やはり文章のプロではないのだよなと感じてしまう構成のところもあったけれど、でも読んで損はない本だと思う。特に橋口さんの作品を見たことがある人には、おすすめ!

 生い立ちや学生時代、パワフルな母親の話なども面白いのだけれど、でも圧巻はやはりアメリカでエイズと闘うゲイの人と交流したときのエピソード。
 橋口さんの友人の日本人は、新しい恋人と暮らしながらも、エイズになり、弱っていく以前の恋人を看病し続けている。それを新しい恋人の方もあたたかく見守っている......という話。苦境に立ったとき、マイノリティーになってしまったとき、人は強く団結できると橋口さんは書いていたけれど、それだけなのかな。人の愛って、本当はもっとすごく深くて強いものなのかもしれない、今の私たちの生活ではなかなかそれを発揮できないだけで......そんなことを思ってみた。

 小説もいいけれど、エッセイもいいな。この本を読んでいると、橋口さんがカパちゃんのような恋多き男に見えてくるけれど......是非、橋口さんも幸せになれるといい。
 やっぱり人間、人と寄り添って生きていかないと、一人で生きられるほどタフじゃないんじゃないかと感じる今日この頃なのです。

2005年9月18日

市川拓司「いま、会いにゆきます」


いま、会いにゆきますいま、会いにゆきます

小学館 2003-03
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今更なんだけど、でも、すごく良かった!
 やはり市川さんは才能にあふれた人だなぁ。
 この本って、同時期にブレイクしたというだけで、「世界の中心で愛をさけぶ」と並び評されてしまうことが多い気がするけれど、ぜっったい違う。
 市川さんの方が何十倍も上の気がするなぁ。

 私は市川さんの本は「恋愛写真」に続いてまだ二作目だけれど、確かなワールドを持っていて、とても惹かれる。
 それはテーマやストーリー、発想だけではなくて、文体とか細かなジョークとか、細部に渡る。なにをとっても、市川ワールドとしか言えない。同じストーリーやテーマで作品を書いても、普通の人には絶対ここまで書きこなせない。そういう、ものすごい、羨ましいほどの力を感じる。


 この小説はまぁちまたでもよく言われていたように「愛」の話。ただもう、それに終始する。でも(また比べちゃうけど)、「セカチュウ」の「愛」とは次元が違う。「セカチュウ」の場合は、まぁこういう状況なら誰でもこれくらい激しく恋する気持ちになるよなぁ~って納得できちゃう感じなのだけれど、「いま、会い」の方は、ある意味で「すごいなぁ、こういうのこそが本当の愛っていうもんなんだなぁ~」と感心させられる感じ。
 こういうかなり頼りなくて、気の利いたところにも旅行にも一生つれていってくれないような男の人を愛しきり、その人を幸せにするために自分には何ができるのかを精一杯考える......澪さんはすごいな。でも、その愛をしっかりと受け止め、同じように彼女を幸せにできているか常に不安を感じながらも真っ直ぐで一生懸命な「たっくん」も素敵だ。
 別になんの説教臭いところもないのだけれど、自分自身のことを振り返って深く反省させられるような、本当に純な美しさに満ちたお話しでした。
 市川さん自身、妊娠して仕事を辞めて暇になった奥さん(小説などあまり読まない人らしい)にも楽しんで読めるようなものを書きたいと思って作品を書き始めたと、インタビューで言っていた。
 きっと本当にこの小説の登場人物のような愛に満ちた人なのかもしれないなぁ、なんて温かい思いになる。
 う~ん......私ももっと愛に満ちた人間になりたいですっ。

2005年9月17日

「小松正史コンサート 初秋の宵どきピアノ」

今日は、友達の友達の知り合い(?)の方のピアノコンサートに行ってきた。
 ピアノのコンサートに行くなど、子供のころ以来ではないかと思うけれど、やっぱり生の音楽はいいなぁと感じた。バンドやギターや歌だけではなくて、他の楽器でもなんでも生はいいなぁ。

 小松さんは
 http://www.nekomatsu.net/index.html
 というような活動をされている方(無断でリンクしちゃいました)。
 即興で曲を作って弾いてしまえるし、コンサートで披露した曲はすべてオリジナル曲、という本格派。クラッシックとは違うけれど、加古隆などを好んで聴いていた私には、すんなり受け入れられるタイプの曲だった。
 何か懐かしい気持ちにさせられ、心を温かくしてくれる音楽。気取っていない、飾りすぎていないところが心地よい......そんな感じ。


 ま、音楽の良さは言葉で語っていてもあまり伝わらないかもしれないので、これ以上書きませんが。でも、京都を中心に活動されている方みたいなので、関西方面の方は機会があったら是非、聴きに行ってください!

 と、曲自体から感じたことはそれくらいにするけれど、小松さんの文章や言葉から、表現というものについてちょっと考えさせられてしまったので、そのことも書いておく。
 小松さんは、あくまでピアノは「ライフワーク(趣味?)」であってそれで生計を立てていく気はないと言い、工学系の大学院の講師などをしているらしい。そういう立場だから言えるのかもしれないけれど、「曲を作るときは、まず自分が心地よいということが大前提ですから」と一言、当たり前のように言っていた。
 たまたま小松さんの演奏を聴いた人が気に入り、CDにしたり、演奏会を開く状況を整えたりしているだけで、本人はただ自分のために作り、自分のために弾いていた、と。
 表現の原点ってそこだよな、と、なんだか考えさせられてしまった。

 私は五年くらい前から、プロの作家になるぞと思い、自分にはそれしか道がないというところまで結構精神的に自分を追い込んできた。三年半ほど前に仕事を辞めてからは特に。
 その状況で、確かに技術は向上したと思う。でもそれと引きひきかえに、何かを手ばなしてきてしまった気もしていた。
 それが、自分が心地よいと感じるものを追究するということだったのかもしれないと、今日、思った。

 以前の私はただ、自分の心を治癒する行為として小説を書いていた。作家にはなれなくてもいい、死ぬときに残っているお金の一部で自分の作品を自費出版できたらそれで充分と感じていた。
 その頃の私の作品には、起承転結も、ストーリーの波もない。キャラクターの作り方にも、場面の選び方にも、難がたくさんあっただろう。今より、ずっと。
 でも少なくとも私の心の奥深くには入り込むことができた。自分の心にだけ入ってもしかたないかもしれないけれど、心の奥にはみんな似たようなものを持っているから、自分の心に素直になれば、それが素直に人の心に伝わったりすると思うんだ。
 だからといって、今、前の状態に戻りたいとは思わない。でも、「なくしてしまった」と思っていたものは、もしかしたらただそのあたりに「転がしてしまった」だけで、もう一度つかむこともできるのかもしれない、そう、今日はちょっと思ったのです。
 もう一度、仕事とか生活の形を一から見直して、小説を「趣味」にするという方向を考えてもいいかもしれない。それは、プロになることをあきらめるというのではなくて、うまいぐあいに力を抜いた、もっと自分らしい作品を書くための、ちょっとした視点のずらし。執着して凝り固まった心では、きっと人の心の奥まで染みる作品を作れないから。
 そんなことを考えさせてくれた今日の体験はとても良かったです。ありがとう。

2005年9月11日

野中柊「ひな菊とペパーミント」


ひな菊とペパーミントひな菊とペパーミント

講談社 2005-06-21
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久しぶりに柊さんの小説を読んだ。私は柊さんの本の中では「テレフォン・セラピー」というエッセイが好きなのだけれど、そのエッセイの柔らかい空気をそのまま物語にしたみたいな、心地よく善意に満ちた話で良かった。
あまり作品と作家の人生を関係づけてみない方がいいのかもしれないけれど、「テレフォン・セラピー」の前に柊さんは離婚したところだったみたいで、エッセイの中には、世の中にはどうやっても上手くいかないこともあるけれど、それでもなるようになるのだから、力を抜いて頑張りすぎずに生きていこうというメッセージが詰まっていた。この小説も、そんな優しい雰囲気。
結構若い頃に書いたらしい「草原の輝き」という小説も好きなのだけれど、あの作品にはもっと研ぎ澄まされた感性があった分、読む側もちょっと痛かった。悪意があるというのではないのだけれど、人が人を傷つけてしまう不可抗力みたいな物を感じて。
それよりは今回の小説の方が安心して心地よく読めるかな。
離婚とか分かりやすい形ではなくても、誰でもきっと大人になる過程や、大人になってから、様々なつらいことを経験する。そのなかでたくましさと同時に得られる優しさみたいなものを、30~40歳くらいの女性の作家からよく感じる。
ばななさんとか、瀬尾まいこさんとかと、似た雰囲気。まぁちょっとおおざっぱすぎるまとめ方かもしれないけれど。
この小説の主人公は中学1年生なのだけれど、それくらいの子供の視点で温かい作品を書くには、作家は主人公の倍以上の年齢になっていないとダメなのかも知れない、そんなことをちょっと思った。
私も時々小説仲間に、20歳前後で書いた作品の痛いほどの世界観が良かったとか言われるけれど、そういうのって正直、今はもう書けない。でもあの頃には持てなかった何かを今は手にしているという気がする。
20代でデビューして今、30代、40代で活躍している作家の姿はそういう意味で、自分の指針になってくれそうな気がする。
と......自分のことに話がずれてしまったけれど、優しく柔らかい雰囲気で、軽く読めて心があたたかくなるおすすめの作品です! 是非!

2005年9月10日

小説の舞台。

文学賞の締め切りがあると、分かりやすくブログの更新が途絶える(笑)
今月は8日に一本出し、あとは月末。
分かる人には何の賞か分かってしまうと思うけれど、ま、いいや(特に8日なんて中途半端な時期の締め切りはばれやすいね)。応援してください☆

ってことで、8日は相当真剣に手直しをし、投函しました。
今回は珍しく海外を舞台にしてみたのですが、その都市を舞台にする必然性を感じられないという指摘が多く、最後まで旅行ガイドとにらめっこの直しでした。
初めは固有名詞をたくさん出して書いていたのだけれど、そうすると観光ガイドみたいなものになってしまう気恥ずかしさがあり、メジャーなスポットや地名をなくしていったら、その国を感じられない作品になってしまったようです......。難しいですね。
東京や自分が住んでいる場所を舞台にするなら、ぽつんと一つ「新宿」「池袋」とか突然地名が出てきてもみんな「変だ」って言わないのに、あまり馴染みのない場所を舞台にすると、その必然性をとても求められる。
当然のことかも知れないけれど、なるほどそうなんだなぁと明文化できたのは良かったです。

でも私は最近地方の文学賞に出すためもあり、あまり馴染みのない土地に行って、そこを舞台にした作品を書いているのだけれど、一つ一つの場所にはやはり独特の空気なり色があり、おもしろい。
所詮数日滞在しただけでは、旅行者としての関わりしかできないのだけれど、それでも旅行者なら旅行者なりに感じたものを上手く形にできるようにはなりたいと思う。
いまのところ私は47都道府県中、30くらいは行ったことがあるのだけれど、いずれすべてを周り、47作品を仕上げたいな、なんてことを思ったりする。できれば47都道府県全部に、細かい部分や方言にアドバイスをしてくれる友達を作ったりして。
ま、夢みたいなことかもしれないけれど、目の前の締め切りだけに振り回されないように、長期的に何をしたいのか、どんなものを提供できる作家になりたいのかは考えていきたいなと思っているのです。

本もちょっとずつ読んでいるので、少しずつまたブログに感想をアップしていきます!

 

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